亀田大学

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── ちなみに学長がいわゆるアンビエント系にあまりハマらなかった理由は?

それはすごくシンプルで、僕がビートのループでは昇天出来ないタイプの人間だから。必ずメロディ--------つまりキャッチーな歌メロが乗っかってこないとダメなのです。U2しかりコールドプレイしかり、イーノが手掛けるサウンドは、必ずアンビエント以外の要素を含んだアンビエント・ミュージックなのです。もちろん彼は確信犯でそれをやっていると思うのですが。既存のバンドを、敢えてアンビエントだけで塗り変えてしまったりしてね。人によっては「オーバープロデュースなのでは?」と思うようだけど、僕はイーノのような音楽の切り取り方って、あってもいいんじゃないかなと思うんですよ。僕自身も、時折プロデューサーとしての見地から、人の曲を思いっきり汚すことがある。その際の基準は、決して今まで聴いてきたカーペンターズやビートルズといった音楽でもなければ、ナイルやクインシーやデヴィッド・フォスターといった存在から影響でもなくて、イーノからの恩恵によるものだと思うんです。

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── なるほど。『ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー』には、ともかく"本当にものすごく売れた曲"という印象がありますが。

だから「こういうサウンドが売れるという事実を信じたい」という気持ちが、自分の中には今でもありますね。当時はU2だってまだ新人だったわけじゃないですか。それがジャンプアップする瞬間を見ているのがたまらなかった。僕も仕事で、壁にぶち当たって停滞している人や、負のスパイラルがループしちゃっている人が、何かのきっかけでジャンプアップできる瞬間に遭遇すると、やはり停滞している時って、その人自身が閉じていて、風が吹いても上手く受け止めることが出来ない状態にあるんですね。つまりイーノは、当時のU2にとって「風穴を開けた」存在だったのだと思います。

── なるほど。

彼らはこのアルバム以降、ルーツミュージックを探求したり、ストーンズやブルースミュージシャンと合流したり、テクノっぽいチャレンジをしながら、ボノは社会貢献によってどんどん影響力を増していくわけですが、僕にとってのU2と言ったら、やはりこの『ヨシュア・トゥリー』に尽きるのです。彼らはこのアルバムで世界のモンスターバンドの仲間入りをした。そういう意味においても、後のモンスターバンドの基準を作ったアルバムだと思います。

[当時の学長] 大学生活、宅録とセッション、そしてカノジョとの日々

── さて、この当時の学長はどのような生活を送っていらしたのでしょうか?

はい。まずこのアルバムの当時、僕は大学1年から2年にいく時に落第をします(笑)。そこで友達がたくさん出来るのですが、今度は大学2年から3年に行く時にストがあって自動進級しているんです。当時の早稲田大学はかなり闘争がヒドかったので。僕の上級生の世代が「スライド制には反対だ。ウチらはそんなつもりで入学したんじゃない!!」みたいな反発をしてね。その恩恵を被って自動進級したんです(笑)。だから本来なら6年間行くところを5年で卒業した。そんな22、3歳の頃から、いわゆる"宅録"(自宅録音)に没頭し始めたんです。

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