亀田大学

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── ちょうど世は様々なデジタル機器が登場した頃でしたね。

そうそう。ヤマハからQX3という廉価なシーケンサーや、DX7という画期的なシンセサイザーが登場して。素晴らしい機材が身近になってきた頃でした。ちなみに僕は前回お話ししたベースのローン以来今日まで、車と家以外は一切ローンを組んでいません。だから今考えると、あのベースのローンも社会勉強のひとつになったんですねえ......まあともかくそうやって機材を揃えて、宅録に没頭して、そこで作ったテープでオーディションの最優秀録音賞やグランプリないしは準グランプリをたくさん獲っていた。この頃の亀田誠治の受賞歴はなかなか輝かしくて、サウンド&レコーディング、アクシア、テントレーベル、CBSソニーオーディションあたりは受賞の常連でした。

── すごいですねえ。

要するに「プロになりたくてオーディションを受けたい」→「オーディションを受ける為にはデモテープが必要だ」→「でもデモテープを作るのに必ずバンドで入っていたらお金も時間もかかる」→「しかもなかなか僕自身のニーズに適ったメンバーなんていない」→「だったら全部自分で作ってしまおう」。そんな発想でした。だから自分で曲も歌詞も書いて。ギターとベースは自分で弾いて、ドラムとキーボードは打ち込みで。

── ボーカルはどうしていたんですか?

ゲストボーカル的な感じで、男女それぞれ、いろいろなタイプの人と組んでいました。

── 当時の学長が書いていた曲調とは?

これがいわれるミディレコード直系の感じだったんですよ(笑)。

── おお、以前お話しされていた大貫妙子さんの影響がここで前面に?(笑)。

あとはいわゆるネオアコでしょうかね。スミスとか、アズテック・カメラとか、エヴリシング・バッド・ザ・ガールとかね。よく現場でも「えっ? 亀田さんって、エヴリシング・バッド・ザ・ガールとか好きだったの?」なんて言われますが、かなり掘り下げて聴きましたね。あとはピアニスト・ボーカリストの吉中美樹(※シンガーソングライター/ピアニスト。楽曲提供等も行い、現在も活動中)さんと、Miki-Pooh(ミキ・プー)という音楽ユニットを組んで活動していました。渋谷のエッグマンという老舗のライブハウスで、月イチのライブで200人ぐらいのお客さんを呼べるようになっていましたね。

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