亀田大学

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2012/12/06

講義 8 ごはんができたよ/ 矢野顕子

-亀の音楽史-

講義  8 ごはんができたよ/ 矢野顕子

[講義] 桁違いの包容力で新しい女性ミュージシャン像を提示した、天才"アッコちゃん"の魅力

── 学長、おはようございます。さて第8回目の教材は矢野顕子の『ごはんができたよ』。これは矢野顕子さんが1980年にリリースした、今なお愛され続けている名盤ですが、この作品との出会いとは?

このアルバムについてお話しする前に、まずは順序としてYMOとの出会いについて話してこうかな。僕は"先手必笑"のおかげで、この年、志望校に無事合格して、私立武蔵高校へと進学しました。脇目も振らず勉強していた生活からようやく解放されて、いざ友達なんかと買い物のために街へと繰り出すと、それまで知らなかった音楽が流れていて、広告ポスターがいっぱい貼り出されていた。それがYMOだった。つまり、浦島太郎みたいなもので、受験勉強という竜宮城から戻ってみたら、『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』という、中3の秋にリリース(1979年9月リリース)されていた、まったく知らない音楽が世間を席巻していた、というわけです(笑)。

── この『ソリッド〜』もまた名盤で、「TECHNOPOLIS」や「RYDEEN」といった、言わば彼らの代表曲が収録されています。当時のブームはどのようなものだったのですか?

もう、どこに行っても「TECHNOPOLIS」や「RYDEEN」が流れていた。ここから1、2年は「い・け・な・いルージュマジック」(※忌野清志郎+坂本龍一の大ヒットコラボシングル)もあって、教授が派手に世間を騒がせていた感じでしたね。パルコであり、西武百貨店であり、糸井重里さんの大ヒットコピー〈おいしい生活〉とかと一緒に。

── たしか当時はものすごく好景気で、東京が80年代ならではのパワーを持っていた頃ですよね?

すぐそこにいる人がクリエイティヴのスターになるかもしれないと思わせてくれる時代だった。誰でも、何でも出来るんだ!みたいなね(笑)。学生だってマルイのクレジットカードを持てばアルマーニのスーツが着れる、みたいな。冗談みたいだけど、本当にそういう時代だったんです。僕はたしか受験が終わってからの春休みに、池袋駅で広告ポスターがいっぱい貼り出されていたのを記憶していて。文藝春秋の『Number』が同じ年の春に創刊されて、その広告と、このYMOの広告があっちこっちにあったんですよ。YMOは僕にとって初めての電子音楽でした。好きというより──まあ勿論好きではあるんですが──どちらかと言うと、驚きの方が大きかったなあ。ちょうど腕時計が針からデジタルに変わった時のような感覚でした。夢中で聴いていましたね。

── ああ、「何かよくわかんないけどすごい!新しい!!」みたいな?

k_060.jpgそうそう。あの、やっぱり技術や科学が進歩して何かが生まれてくる瞬間って、無条件に気分が良いじゃないですか。彼らが投げかけた"テクノ"という電子音楽が、当時の生活に活力を与えた。当時、僕よりもうちょっと上の世代の人たちは皆、 "俺もいけんじゃねえか? 何かスゴいこと出来ちゃうんじゃねえか?"みたいな感覚を、絶対みんなYMOを聴いて持っていたはず(笑)。

     
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